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name: おき
読書と創作(文/絵)とゲーム
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2024/05/03 (Fri)

銀魔 覚書

忘れたくないので登場人物 覚書

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つづき


高校~大学期
主登場人物の年齢層16~20

●凪家

凪夏葵(なぎなつき)
 主人公/ヒーロー
 双子兄
 銀髪(くくれる長さ) 青灰の瞳 八咫烏寄りの容姿
 幼少時に事故で大怪我 小学校時代の前半は入院とリハビリ生活
 後遺症で低気圧や台風時に頭痛と吐き気、めまい 首の後ろにうっすらと傷跡
 本人曰く、一度死んだ(彼岸を見た)ことで母方の血寄りになったが混血には違いない
 小学校高学年・中学校は波が合わず気まぐれ登校 勉強に困ったことはない
 ピアノやバイオリン、チェロ、フルートなど楽器に親しい
 姉との追いかけっこ(不本意)により陸上部顔負けの瞬足と体力
 高校では香葵とともに親元から離れて暮らす
 狭霧神社に入り浸る代わりに、忙しいときはよく差し入れをする
 魔術師 伝統的な魔術にこだわらない
 魔術・科学・オカルト よく混ぜては実験 つかえりゃ何でもいいタイプ
 普段は八咫烏の能力は抑え込んでいる 解放すると翼(霊体)がある 飛べる 暴走しやすい
 よく読書か実験か料理をしている
 見た目は美人だが性格と言葉遣いまでお綺麗なわけではない

 今でもたまに夢に出てくる 頻度は夏葵1:あかり3
 いつになったらあかりと結婚するの(夢の中で長男長女次男三男次女の子供がいた気がする)

凪香葵(なぎこうき)
 双子弟
 黒目黒髪 人間 学習時に眼鏡・近眼
 夏葵の事故現場にいた トラウマ 過保護だけど空回り
 夏葵同様、ピアノやバイオリン、チェロなど楽器に親しいが、今はギターが楽しい
 魔術の才能は皆無 むしろ関与すると魔術が狂う謎
 姉との追いかけっこ(不本意)により陸上部顔負けの瞬足と体力
 料理をしようと努力はするが、食材がことごとく謎の物体化するため料理禁止といわれている
 勉強はひたすら努力 古典だけは苦手
 素直なため忙しいときの狭霧神社では手伝い要因としてカウントされている

凪健一(なぎけんいち)
 夏葵・香葵双子の父
 社長 現在都内に独り暮らし
 魔術師で夏葵の師匠(西洋魔術)
 魔術による孤児への支援と施設の運営協力、里親受け入れをしている(三虎、虎珀兄弟)

早川三虎・虎珀(はやかわみとら・こはく)
 魔術による孤児
 双子 夏葵・香葵の弟分


●八咫烏

羽月(うづき)
 八咫烏 神代の生まれ
 金髪碧眼 年齢詐欺の最たるもの
 満月・白木・夏葵・香葵 3男1女の母親
 山奥に起居

満月(みつき)
 八咫烏 人代の頭の生まれ
 金髪碧眼 年齢詐(ry
 4姉弟の長女 父も八咫烏(面識なし/ 父・暁)
 山奥に起居

白木(しろき/しらき)
 木霊 森の長老たちとの橋渡し役
 濃緑の癖毛と瞳 万年狩衣姿
 4姉弟の長男 正しくは血のつながりはない
 羽月の元で育つ 父は桧の大木の霊
 山奥に起居 or山歩き
 おっとり

(故)暁(あかつき)
 八咫烏 神代頭-人代頭
 銀髪に濃銀の瞳
 肉体はないが霊体としてひょっこり来たりする(by夏葵)
 昔は相当きつい性格だったらしい 戟で戦う


●汐崎家(狭霧神社別家筋)

汐崎あかり(しおざきあかり)
 主人公/最強ヒロイン
 竹を真っ二つにしたような性格 悪く言えばガサツ
 栗色の髪に黒目
 地元で有名な天才(本人曰く、努力のみ) 運動も勉強もこなす
 狭霧神社で唯一の巫女 3太刀に気に入られているので何事かあると持ち出して振り回す
 剣道柔道のみならず、空手や合気道、薙刀なども拾い食い なんでもあり
 今まで唯一勝てなかった相手は姉みゆき ただし年齢差ハンデが大きい
 姉大嫌い 殺せるものならもう一度殺しあいたいくらい大嫌い
 不屈の精神は姉にいじめられていた期間に鍛えられたもの
 炊事洗濯掃除はお手の物だが、好きでやっているわけではない
 毎日素振りが習慣
 神楽などはこなすが、利や慧、一応朋也もできる祓いの才能は皆無
 代わりに太刀2本を操る 賢い脳筋 魔術師の一番嫌いな物理攻撃担当
 魔術の影響が極端に薄い体質(3太刀の加護)
 伊勢山神社で実践武術を習得、魔術師殺し
 古いかな文字が読める

 今でもたまに夢に出てくる 蹴られる 生みの親もうちょっと敬え
 いつになったら夏葵と結婚するの(夢の中で長男長女次男三男次女の子供がいた気がする)

汐崎朋也(しおざきともや)
 あかりの弟
 シスコン 出来る姉に恥じないようあり続けたい努力家
 剣道柔道はやっているが、ただ走る方が好き 陸上部
 何事かあっても伯父と留守番組

汐崎父
 単身赴任中 顔を合わせることがまれ
 妻の事故死後から仕事に逃避 子供には相手にされていない

(故)汐崎母
 (故)みゆき・あかり・朋也 1男2女の母
 浅井父の妹

(故)汐崎みゆき(しおざきみゆき)
 あかりの姉 中学の時に死亡
 あかりとの姉妹仲は最悪 原因は3太刀に拒絶されたこと
 徹底して苛め抜いたが荒魂により暴走、あかり(10?)に殺害される

●浅井家(狭霧神社)

浅井利(あさいとし)
 あかり・朋也姉弟のいとこ あかりと同学年
 黒目黒髪 単発 大柄 苦労人
 あかり・夏葵に次ぐ秀才 だが理科が壊滅
 柔道剣道をこなすが、柔道や体術のほうが得意
 あかりが特攻役のため、祓いなどバックアップ担当
 何事かあるとあかりとペアで駆け回る 荷物は御幣や塩
 炊事洗濯掃除、一通りこなせる
 暇になると境内と参道の掃除
 古典大好き かな文字が読める

浅井慧(あさいけい)
 利の兄 あかり・朋也姉弟のいとこ (故)みゆきと同学年
 黒目茶髪(染め) 背丈なら利と変わらない
 いろいろソツなくこなすみんなの兄
 車の運転が荒いため、酔う人は二度とのらない
 普段は単車を乗り回しているため、何事かあると単独行動
 伊勢山で実践武術を習得しているためニコニコ笑いながらも強い しかしあかりの前では霞む
 祓いもきちんとできる 
 喫煙者

浅井父
 利・慧兄弟の父、あかり・朋也の伯父として面倒も見る
 狭霧神社の神主 剣道柔道の道場にて師範
 子供たちが唯一恐れる大人 本人よりも鉄拳が怖い

(故)浅井母
 利・慧兄弟の母 病死


●狭霧神社(人外組)

子供の幽霊
 兄妹幽霊 5歳児程度
 境内をうろちょろしているだけ 話しかければ喜ぶ

狭霧(さぎり)
 国之狭霧神 御神体とされている大太刀の名(本当の御神体は銅剣)
 持ち主を選ぶ 気に入らない相手は持ち上げられない、放電するetc
 あかり曰く、妙齢の女 姉太刀

狭土(さづち)
 国之狭土神 御神体としている太刀の名(本当の御神体は銅剣)
 狭霧同様持ち主を選ぶ
 あかり曰く、青年 兄太刀

闇戸(くらと)
 国之闇戸神 御神体としている小太刀の名(本当の御神体は銅剣)
 狭霧・狭土同様持ち主を選ぶ
 あかり曰く、黒猫か悪ガキ 弟太刀

※ なぜここに祀られているのかは不明
  本人たちも理由は忘れている


●伊勢山神社

伊勢
 男 あかりの1つ上
 本家 次期後継
 実践武術と祓い両方をする 

大婆様
 媼 80~90 伊勢の曾祖母
 本家当主
 昔は最前線に立って戦ったらしい


 男 慧より年上の青年
 実践武術を習得している 弓が得意

大叔父
 中年男性 分家
 いうこと聞かない奴が大嫌い(特にあかり)
 あかり、慧、伊勢、鶴からはクズ・邪魔者扱い
 ろくでもない暗殺計画だけはよく立ててる


●その他

矢島
 あかり・年の同級生 オーストラリアに1年留学
 幽霊など視える体質 過去なども視える(視えすぎるby夏葵)
 あかりに4度フラれたが諦めていない しぶとく図太い 夏葵と犬猿

じいさん
 魔術師で夏葵の師匠(東洋魔術)
 都内で魔術関連の古本や古物を扱う

にいさん
 じいさんのところに住む青年(孫)
 夏葵は弟分
 魔術師

× Close

白と王 2

「王、いかがされました」
「……ん? ああ」
 昼間から酒を飲んでいる王が、何やら物思いにふけっている。
 読書中の城が酌を拒否したので、この部屋にはシロ、王、下女の3人。
 当初は一緒に飲もうと誘われたのだが、シロは酒自体それほど好きではない。酒の楽しみ方がわからない。
 そう断ると、ならば共に楽しもうと言われたが、その気が起きないとさらに断った。
「シロ、そんなに本が好きか」
「ええ」
「本以外には何が好きだ。食べ物は? 色は? 花はどうだ」
「好きなもの……本以外なら、自然が好きです。生きた草木や花、なんかが」
「切り花は好きではないと?」
 シロは頷いた。
「食べ物は何が好きだ? 色は?」
「これといって好きな食べ物はないので。色も」
「つれないなあ」
 つれないわけではなく、本当のことなのだから仕方ない。
 シロは返事もせず、黙々とページをめくる。
 しばらく王も静かなので夢中になって文字を追い、ふと頭痛を覚えた。顔を上げ目頭を揉む。
「疲れたのか、休んだらどうだ」
「……そうですね」
 休みたい。
 心から。



 いつしか、また周囲に人がいなくなっていた。
 離れた部屋から談笑する声がする。
『…………』
 父、母、妹、幾人もの使用人。これだけにぎやかなのだ。きっと広間に集まっているのだろう。
 読んでいた本を閉じると、ふらりと窓辺に寄った。
 晩秋の庭は色に乏しく、見下ろす景色は寒々しい。
 今日はこれから、領内の収穫祭に行くらしい。
 数年前までは妹が気を使って必ず誘いをかけてきていたが、それもなくなった。両親が承諾しないから、誘われても行くことができなかった。
 行きたくないわけではない。だが、年に数度しか話さない父とどう接していいかわからない。会うたびに悪魔に会ったかのようにヒステリーを起こす母に、どう声をかけていいかわからない。使用人たちも、どう接したものか困惑する。
 自分一人が我慢して皆が幸せになるなら、我慢する。
 この色は神が与えた試練だと、耐え忍び克服せよと、いつだったか司祭様は言っていた。
『……主よ』
 服の上から十字架を握る。
 他の何に縋ればいいというのだ。本の世界に逃げるにも限界がある。
 ふと、談笑する声が遠ざかる。
『いってらっしゃい。気を付けて』
 屋敷の中が鎮まるのを待って、廊下に出る。
 静まり返った廊下がいやに広く長い。
 足早に階段を降り、庭に逃げ出す。無意識に詰めていた息を吐いた。
 花壇の前のベンチに腰を下ろす。
 なんだかひどく寒い。
 寒い。



「う……」
 また夢か。
 掛布がめくれている。これでは寒いはずだ。
 部屋は暗い。だが眠る気にもならない。
「はあ……」
 ここに来てから半月近く。こうして夢を見るのは5度目だ。
 もそもそと身を起こすと、部屋を横切り通路に出る。今夜はどこを歩いて時間を潰したものか。
 どうせ途中で、王が腕を組んで待ち構えているか、いきなり首根っこをつかまれるのだ。それなら好きに探検する。
 広い通路はあらかた歩き終わった気がする。
 シロは灯りを一つ拝借すると、食堂そばの細い通路に向かった。
 今まで灯りが付いているところだけを歩いてきたが、大半の細い通路や用途不明の部屋は灯りが消されていた。昼間も灯りがついていたかどうかの自信はないが。
 山道で王に会った時の様子からして、王と従者たちは闇をものともしていなかった。昼間でも灯りはつけていないのかもしれない。
 何とも殺風景だ。
 しばらく歩くと、遠くがうっすらと明るくなった。橙の通路の灯りではない。青白い月明かり。
 通路を抜け切ると、大窓の並んだ広い通路。
 そういえば、この城の通路で窓が並んでいるのは初めてだ。
 中庭だろうか。回廊状に大窓が並んでいる。
 その中庭は何とも硬質的だ。
 白い大理石。植込みが施され、ささやかに咲く花。中央に広く水場があり、噴水というには地味な台。
 窓に手をかける。鍵があるわけでもないが、開かない。
 中庭に出られないようなので、窓に沿って通路を歩く。
 角に配された鎧を過ぎ、その先をのぞきこむ。
「…………っ!」
 息が止まるかと思った。
 角の先に配されていた鎧が、手にした槍で通路を遮った。
 鎧の中から感じる視線と、圧力。
「だめ、か?」
「……」
 だめらしい。引き下がるしかない。
 反対の角にも同じように鎧があり、視線があった――気がした。あちらもだめらしい。
 通路を引き返す。
 他に踏み込んでない通路はどこだっただろうか。
 そういえば階段の裏に通路があったような覚えがある。細い通路から出て、階段に視線を向ける。
「…………」
「う……王」
「さては兵に追い返されたな」
 階段の手すりにもたれてあくびを一つ。
「私が来たことで今夜の探検は終わりだ」
「……ですよね」
「明日、この城の中をきちんと案内してやる」
 シロは足元に落としていた視線を上げた。
「一人で入っていいところと、一人で入らない方がいいところを教えてやる。探検は構わないが、そこは守れ。いいな?」
「え、ええ」
 王は一つ頷いた。
「よし、なら休んでおくことだ。隅から隅まで歩くからな」



「ここでシロが追い返されたわけだ。そうだな?」
「ええ、まあ」
 翌朝、朝食をとり終えるやいなや宣言通りに城内を歩き出した。個別の部屋は、鍵がかかってなければ入っても構わないと言い、王は見向きもしない。なぜかと問えば
「どうせさしたるものもない。普通の空き部屋だ」
「ここまで50は空き部屋でしたけど」
「部屋が必要なものが少ないのでな」
 時折、鍵のかかった部屋もあるが、それも王がすべて見せてくれた。曰く、青髭の妻となられても困ると。
 そうして表に見える1階を一通り見た後、昨夜追い返された場所に来た。
「ここから先は別棟だ。私や他の臣がいるならいいが、一人では踏み込むな。死ぬぞ」
「死ぬって、なんでですか」
「おいおいわかる」
 王はそういって、大窓を開け放った。昨夜はびくともしなかったのに。
「この泉は、この城と森、そして山を覆っている霧の源だ」
 そういって水際に立つ。
 大理石の底まで曇りがない。
「夏でも水浴びなどするなよ。冷たすぎて心臓が止まる」
「そんなに冷たいんですか、これ」
 王は無言で植込みを引っこ抜き、泉に投げた。
 一度水中に沈み、浮かび上がると同時に、水面に薄氷が広がる。
 思わず1歩後ずさる。
「さあ、次に行くぞ」

 別棟は、呪いの品やいわくつきの品の収蔵庫になっているらしい。
 しゃべり続けている石像に、威嚇をやめない鹿の首、枯れない魔性の花。
「なんでこんなものばかり」
「収集家の友人が置いていくのだ……我が城は物置ではないといに」
 半分は偽物らしいが、逸話次第では本物になりかねないこともあり、城に封じているのだという。本物もまた然り。
「たしかにこんなもの、外には出せませんね」
 どうみても聖母の絵なのに、絵の赤子が延々と泣いている。
「今は昼だからこの程度で済んでいるがな、夜になるとここは魔窟だ」
「いや、一人じゃなくても入りませんよ……もういいです」
「そうか」
 別棟の半分程度で白旗を揚げ、早々に撤収する。
「まだいけるか?」
「ええ、あの手のものでなければ」
「それならば、まともな方を案内しよう」
 そういって連れてこられたのは、別棟の反対側。王の書斎下あたりの場所。
 霧の泉とは全く違う広い回廊。その先に広がるのは横長の中庭と、その上を走る渡り廊下。
「中庭だ。あちらは書庫だな。こちらは自由に出入りして構わんぞ」
「上もですか」
「ああ」
 そのあとは、王がいるにも関わらず、存在ごと忘れていた。
 脚が重いことと空腹で我に返ると日が傾き始めていた。
 王が言うには、まだ城の上のほうがあるらしい。
「そちらは明日以降でいいだろう。腹が減ったろう。少し早いが夕食を作らせるとするか」



 最近、風当たりが強くなった――気がする。
 当たり前だ。妹は両親とともに領地の行事に顔を出すのに、嫡男は屋敷から出てこない。
 屋敷にいてもそれはわかる。両親、使用人や下女、司祭の態度、視線、陰口。
 屋敷のどこにいても居心地が悪い。
 広間のほうから笑い声が聞こえる。
『はあ……』
 浮かれているのだ。
 年頃の愛娘が近郊で有力な貴族の一人息子に嫁ぐこととなったらしい。
 それで領主の務めを投げ出し、僕に回ってきたわけだ。
 誤字だらけの書類に目を通し、修正しながら署名する。
 いつもは気にならない笑い声が、気配が、妙に癇に障る。ペンを置いた。
 目の奥に鈍痛。立ち上がるのも億劫な倦怠感。
 言うことを聞かない体を引きずってベッドに倒れこむと、ひどい頭痛がした。

「…………」
「おはよう、シロ」
 なぜ王が、
「起きてこないのでな。随分うなされていたぞ」
 いつもうなされて夜中に起きていたが、3日連続城内を歩き回ったからだろうか。
 頭が重い。額に手を当てた。
「さすがに疲れが出たか? にしてはくまが濃いな」
「くま……?」
「そう目の下にくっきりと」
 王はそういって、部屋のどこからか手鏡を持ってくると、顔の前にかざしてくれた。
 いつもどおりの白い顔に疲労と眠気。そして、これほど濃くなるのかというくま。
「気持ち顔色も悪いような気もするが……今日はゆっくりするといい。食事もこちらに運ばせよう」
「いや、そこまでは」
 気を使われることに居心地の悪さを感じ、もそもそと身を起こす。体が重い。
 くらりと視界が揺れた。
「シロっ!」
 ベッドから落ちかけたからだを王が捉え、掛布の中に押し戻す。
「熱がある。寝ていろ。いいな」
「熱?」
 聞き返したが、王はドアにすっ飛んで行き姿を消した。
 熱が、ある?
 もう一度額に手を当てるが、自分では熱があるかどうかもわからない。
 そもそも体調が悪くても数日寝込むだけで、誰かにそれを指摘されたことがなかった。
「熱……」
 疲れで熱がでるものなのか。
 熱が出たら、他者は心配するものなのか。
 バタバタと王と下女が部屋を出入りし、その音が頭に響いた。
 ちょっとうるさい、そう思いながら今一度目を閉じた。
◇◆◆◆◇
 

 ひどく揺さぶられて意識が浮上した。
 頭が痛い。
「シロ、またうなされていたぞ」
「お、う……」
 かすれた声に、無言で水を差しだされる。
 ゆっくりと体を起こし、器に口をつける。冷たい。
「朝食もとらずにまた眠っていたが、どうする?」
「いただきます」
 部屋の反対側にあるテーブルには、そのまま食事ができる状態になっていた。
 どれくらい眠っていたのかと窓を見る。日の高さからして10時くらいだろうか。
 食事を作ってるのが誰かはわからないが、メニューはいつも素朴で食べやすい。
 斜向かいに座った王は、こちらの様子を観察しながら果物をかじっている。
「寝ている間、ずっと枕元にいたんですか」
「そうだが?」
「相当暇なんですね」
 王は果物をかじるのをやめ、怪訝そうな顔をこちらに向けた。
「病の友人を心配するするのはごく当然だろう」
「友人?」
「ああ」
「心配?」
「当たり前だ」
 王の目に怒りのようなものがちらりと見えた。
「病に罹った時、母なり家族なりが心配し、看病してくれたことがあるだろう。それをお前は、今までなんだと思っていた」
「看病?」
「待て、シロ、お前まさか、ただ迫害されて飛び出してきたわけではないのか?」
「っ……」
 聞くな。
 正気のままに記憶をなぞるには、あそこは寒すぎる。
『よりによって嫡男が……』
『娘だったら殺してしまえたのに』
『他に男の子が産めなかったから』
『アンナが娘に生まれたことは仕方がない。アンナは何も……』
『そうね、あれが男で嫡男だったのが悪いのよ』
『いっそのこと……』
『それ以上は言うな』
 嫌だ。
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいや――
「シロ!」
「……っ!」
 肩をつかんだ手を、とっさに払った。
 バランスを崩し、椅子から転げ落ちる。
 頭が割れそうに疼く。目が回る。腹の底から不快感がこみ上げる。
「う……ぇ……げぇ……げほっ」
 つい先ほど口にしたものを吐き戻した。喉の奥に苦いものが広がる。胃液だけになっても、吐き気が収まらない。
「シロ、口をゆすいでこの桶に吐け」
「う……」
「いいから!」
 王の強い口調に、拒絶もできずに小さくうなずいた。



 王が椅子に座って萎れている。
 ベッドに戻されてしばらくは気分の悪さに耐えていたが、吐き気とめまいが収まるとあまりに静かな王に気が付いた。
 今みたいに悄然と椅子に座り、黙っているのであれば、ちょっと風変わりな服装の美人だ。
 普段を知っていると気味が悪いだけだが。
「王、」
「……なんだ?」
「大人しすぎて不気味なので、それやめてもらえますか」
「なっ……不気味とは何だ、不気味とは!」
 いつも好き勝手におしゃべりしてるじゃないですか、とつぶやき、体を起こす。
「すまなかった」
「何がです」
「嫌なことを思い出させた。私が悪かった」
「それは……僕も何も言っていなかったので」
 水もらえますかというと、王はとってくると告げて部屋を出た。
 ぼんやりと部屋の中を見回す。
 自分の物がほとんどないのは昔も今も変わらない。人が少ないのも変わらない。だが、どことなく温かい。
「シロ、水だ!」
「あ、うん。ありがとう」
 バーンとドアが勢いよく開かれて、ご機嫌な王が戻ってきた。すっかりいつも通りになっている。
「朝は食べれなかったが、一応昼でも夜でも食べれるそうだ。大丈夫だと思ったらいつでも言え」
「うん」
 ゆっくりと水を口に含む。吐き気がぶりかえすことはなさそうだ。
「あのさ、王」
「なんだー?」
「ありがとう」
「?」
「めちゃくちゃだけど、こうしてよくしてくれて」
 何を言っていると王は笑みを深めた。
「僕、ずっとここにいてもいいですか」
 すぐにはできなくても、何があったか教える。王の話し相手もする。もう一人はいやだ――
「シーローっ、んふふふ」
「ちょ、人が真面目に……」
 ばっさりと王がシロの上に乗りかかってひとしきり笑った。
「私は最初に言ったじゃないか。この城に起居することを許すと。ずっとこの城に居るといい。私もシロのよき友であり続けられるように努力しよう」
「……ありがと」
「今度近所にいる他の奴らも呼ぼう。みんなにシロを見せびらかしてやる」
「僕、犬猫じゃないんですけどね」
「わかってる、わかってる――」

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葬列花


「は……あっつ……」
 木陰に入って息をついた。
 何でこんなに暑いかな、といつも夏になると思う。
「だってもう5時じゃん……意味わかんない」
 今年の残暑は凄まじい。連日真夏日に熱帯夜で、雨は何日降っていないだろう。
 鳥も植物も、どこか元気がないが、その最たるものはやはり人か。
 通学路でそれなりに人気があるはずのこの道も、今日は誰もいない。
 すっかり温いペットボトルを傾ける。
「あー……ぬる」
 すっかり温水のスポーツドリンクは甘いだけで、とてもおいしいとは言えない。
 嫌気がさして、残り少しを近くのひまわりにかけた。
 この沿道にずらりと並ぶミニヒマワリも、この暑さでへばっている。
 太陽に向かわず、がくりと花を下に向けて咲いている様子は、暑さを避けうなだれる人間と 大差ない。
 それが、ぞろぞろぞろ、と。

 ぞろぞろぞろぞろ
 ぞろぞろぞろぞろ
 ぞろぞろぞろぞろ
 ぞろぞろぞろぞろ

 ――葬列みたい。
 うなだれ、死者のために並ぶ、もの。
 でもここに死んだ人間はいない。だが、

 ぞろぞろぞろぞろ
 ぞろぞろぞろぞろ
 ぞろぞろぞろぞろ
 ぞろぞろぞろぞろ

 一度イメージした姿が頭から離れない。
 ざ、と風が吹き、ミニヒマワリの頭がゆらりゆらりとなびく。
 風が止まらず、空に陰りが増す。
 不穏な予感に見上げると、不意に低い雲が頭上を通ろうとしていた。

 ざ、ざ、ざ、ざ、
 ざわ、ざわ、ざわ、ざわ、
 ミニヒマワリが木々がぶつかり合って立てる音が、空耳する。

 ざわ、ざわ、ざわ、ざわ、
 ぞろぞろぞろぞろ
 ざわ、ざわ、ざわ、ざわ、
 ぞろぞろぞろぞろ

 かっ、と雷鳴がとどろいた。
 ぶわり、とあたりに影が広がり、一瞬の幻影を作りだす。
「っ…………!」
 人が、
 ミニヒマワリが、人の列に見えた。
 ――葬列。

 ざわ、ざわ、ざわ、ざわ、
 花を見て 今は望みの 革堂の 庭の千草も 盛りなるらん
 ざわ、ざわ、ざわ、ざわ、
 オン バザラ タラマキリク
 オン バザラ タマラキリク

 ばりばりと鳴り響く雷。
 ぼつりぼつりと雨粒がアスファルトを叩く。

 オン バザラ タラマキリク
 オン バザラ タマラキリク
 オン バザラ タラマキリク
 オン バザラ タマラキリク
 オン バザラ タラマキリク
 オン バザラ タマラキリク

 ざあ、っと周囲から音を奪い取って大粒の雨が落ちる。
 視界が白くかすみ、ミニヒマワリの姿が霞む。
 そのシルエットはどう見ても――人。

 ぞろぞろぞろぞろ
 ぞろぞろぞろぞろ
 ぞろぞろぞろぞろ
 ぞろぞろぞろぞろ

 ドン、と地面を突き上げるような雷鳴。
 耳をつんざくブレーキが音が、その中に突っ込んで行った。


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きさらぎ駅



 ふっ……と目が覚めた。

 カタンカタン、
 カタンカタン、
 カタンカタン、

「…………」
 ここ、どこだろ。
 霞がかった思考で外を眺めた。
 電車の中。
 飽きるほど見た外の景色。
 人がまばらな車内。

 カタンカタン、
 カタンカタン、
 カタンカタン、

 ここ、どこだろう。どこだっけ。
 見覚えがない景色。
 乗り過ごした? いや、そんなはずはない。私がおりるのは終着だ。
 工事の迂回? それもない。このあたりを走っている電車はこれひとつのはず。
 どういう――どういうことだ?
 他の乗客たちは眠っているのか、誰も身じろぎしない。

 カタンカタン、
 カタンカタン、
 カタンカタン、

 ここは、どこ?
 じっと窓の外を睨む。
 ふと違和感を感じた。
 民家がない。
 田んぼもない。
 だからと言って山間でもない。
 どこか殺風景で汚れた、明るく寂しい景色。
 不思議と柔らかい青灰に満たされた、窓の外。

 カタン、カタン、
 カタン、カタン、
 カタン……カタン……

 電車が減速する。駅に着くのか、それとも行き違いなのか。
 ふら、と視界の端に立ちあがる人がいた。
 下車する人がいるのか。なら、ここがどこだか分かるはず。
 そう思って腰を上げかけた。

 カタン…………ガタ、

 駅に止まる。
 とっさに窓の向こうに駅名をさがした。
 駅名が、ない?
 私はぴたりと動きを止めた。
 そういえば、
 視界の端に立ちあがった人。
 私の右手に座っていた人は、いただろうか。
 その人を探すが、もうどこにも見当たらない。
「…………」
 しん、と車内が静まり返っている。

 ガタ、ガタタッ……

 突然ドアが開く。
 誰かが乗ってくるのか。それとも起きるのか。

 ぼた……ぼたぼたぼた…………バシャッ

 ぽた、ぽた、と点々と水滴が床を打つ。
 それがひとつふたつみっつ……と線を残す。
 誰もいないのに。
 どこから、ともなく。
 ひた、ひた、と足跡だけが着実に増えて――私の前を通り過ぎる。

 ひた、

 それがぎしりと音を立てて椅子に座った――のか。
 座席にじわりと水が広がる。
 がりがりと音を立ててドアが閉まる。

 ガタン…………
 カタン……カタン……
 カタン、カタン、

 また単調に電車が走り始める。どこへ行くんだろうか。
「放送……ないし」
 車内にはまた、走行音以外の何の音も聞こえなくなる。

 カタンカタン、
 カタンカタン、
 カタンカタン、

 突然轟、という音が衝撃となってぶつかった。
 窓の外が闇に覆われる。
 きん、と鼓膜が張る。トンネルに入ったのか。
 バチッとどこかでスパークが弾ける音がする
 灯りがちか、ちか、と不安定に明滅した。
 バチン、と凄まじい音と共に、車内が暗転する。
「…………!」
 体感にして数分後、ふ、とまた車内に灯りがともる。

 轟っ…………

 カタンカタン、
 カタンカタン、
 カタンカタン、
『次はー、終着ー終着ー……』

 車内放送にはっとして私は顔を上げた。
 窓の外には見なれた住宅街。
 荒涼とした景色はどこにもない。
 座席にしみ込んだ水しみもない。
 ただ、床を打った水滴だけが残っている。
「今のは…………」
「きさらぎ駅ですよ」
 びくりと私は飛びのく。
 左手に座っていた人が携帯電話を閉じた。
「水底に消えた駅。この線、たまに夢で見るんですよ」
「ゆ、夢じゃ……」
「なんでもいいんですけどね」
「…………きさらぎ駅?」
 そう、と左の人が口の端を歪めて笑った。
「きさらぎ駅、ですよ」


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白と王 1

「は、あ……はあ……はあ……」
 彼は大きく息をついた拍子に、白い髪がこぼれた。
 それをすぐに掬い、フードの中に押し込む。
 「……どうしよう」
 ぽつりぽつりと降り始めてきた雨を避け、大きなモミの木で馬を止める。
 この道の先には、小さな山村があるかどうか。
 いや、山村はダメか。
 山村ほど異端には冷たく、狩りは厳しい。この髪では無理だ。
 大きな町のほうが紛れ込むのは楽だ。楽だが、今は町で教会の権勢が強くなっている。
「髪を染めるだけで何とかなるとも思えないんだよな」
 馬から降り、木の根に腰を下ろす。
 とりあえず今夜は野宿だ。
 そばの枝を数本拾う。湿気ているだろうか。
 持ち出した荷物にマッチがあったはずだ。



 雨は本降りにはならず、闇が深まるにつれて霧雨に変わった。
 視界が悪い。
 足を伸ばしたくらいのところで焚いた火が音を立てて爆ぜる。
 休ませた馬が一瞬反応し、また大人しくなる。
 どれだけその場でそうしていただろう。
「ん……どうした」
 そわそわと落ち着きを欠いた馬の手綱を引く。
「狼でも出るのか?」
 それにしては静かすぎる。草木が風になびく音一つしない。
 静寂。
 無音。
「……静かすぎ、のような」
 生き物の気配がまるでしない。
 馬をなだめ、先ほどまでのように木の下に落ち着かせる。
 そうだ、冬の頭のこの時期だ、虫は鳴かないし獣も冬眠している。鳥も夜啼くものは限られている。風もなく霧があたりを覆っているからこんなに、静かで
 音がした。

 頭が真白になる。
 蹄が石を踏む音。金属がこすれる音。どちらも耳に覚えがある。
 だが。だが、だ。
 こんな夜更け、しかもこの霧の中、誰が歩くというのだ。それも、こんな外れた地の細道を。
 霧の中を行軍することはある。だがそれは、道がたしかな交易路や、沿道に大量の篝火を配したときの話だ。
 蹄の音は一つ。足音はおそらく二つ。
 足音は山手からするが、霧越しに篝火のぼうとした明るさはない。暗闇の中歩くなど。
 心臓の音が耳の中でうるさく響く。
 霧越しでもわかるほどに、もう近い。
 赤みを帯びた目で山手の道を凝視する。闇と霧で姿は見えない。
 視線を感じたのは気のせいだろうか。
「この道に人が居るとは、珍しい」
 男とも女ともつかない声。
 足音はすぐ近くで止まった。姿は見えない。
 ガシャリと鎧が重く鳴る。同時に焚き火が踏み消されたようにかき消えた。
 霧と暗闇が一瞬で間合いを詰める。
「真白をこの目で見たのは、何百年ぶりか……フフ」
 声はくつくつとひとしきり笑い、どうした、と言った。
「……そうか、見えぬか。ならば」
 これでどうだ。
 突然目の前に騎乗した声の主が現れる。
 金の髪に銀の瞳、うっすらと笑みを刷いたその顔は美しいがゆえに恐ろしい。
「――――――――」
◇◆◆◆◇

「ん……」
 寝具の温もりに寝返りをうつ。昨夜は霧で寒かった。
「…………?」
 違和感。
 領地を出て、日が暮れ、霧があたりを覆い、
 がばりと跳ね起きた。
 ここはどこだ。
 天蓋のある広い寝台。臙脂の敷物。火の入っていない暖炉。古く使い込まれたソファとテーブル。書棚と、その前には
「おや、起きたか。おはよう」
 男とも女ともつかない、あの人物が本を繰りながら立っていた。
「ここは、あなたは……」
「ここは我が城だ」
 本を棚に戻し、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
「霧雨の中、行く当てもなく木の下にいたお前に屋根を提供した。そうおびえられた筋合いはない」
 泊めてほしいといった覚えも、屋根を貸すという申し出も受けた覚えはないが。
「あ……りがとう、ございます」
「そして我が城に入れた以上、下界に帰す気はない」
 寝台の前でぴたりと足を止め、昨夜と同じくうっすらと笑みを刷いた顔がこちらを見下ろす。
「私を誰かと問うたな。私は王。人が世を統べる前からここに住み、闇と、闇に追いやられた魂を統べる王」
「闇……魔、王……?」
 魔王とは心外な、と自ら王と称したその人はいう。
「人世の狭量な神を際立たせるための道化とされてはかなわない。人がこの世を切り拓く遥か前から私は在る」
 そういってくつくつと笑った。
「言ってもわかりはせぬか。まあよい」
 遠く、重く、柱時計が鳴り響く。
「王たる私が見初めた。この城に起居することを許す。側に侍り話し相手をせよ」
「な、にを勝手に」
「シロ、お前はこれからはその名だ」
「ちょっと、」
「そういえば寝起きであったな。誰か、シロの身繕いをしてやれ」



 顔を洗わせられ服を整えられ、あれよあれよという間に下女らしい者たちに身支度を整えられた。
 口を挟む間もなく部屋を移動させられ、広いが閑散とした広間に連れていかれた。
 山を望む大窓が並び、数百人は入ろうかという大広間に、長テーブルと十を超える椅子。そして、
「なんだ、座らぬのか」
 頬杖をついて笑っている、王。
 食事が冷めるぞ、と言った。
 最後に食事をしたのは昨朝なので、空腹は空腹なのだが、この人物と顔を突き合わせて食べていいものか。
「安心しろ、このとおり食事の内容はごく普通の食材だ。おかしなものなど入っていない」
「…………はぁ」
 折れた。
 見たところ、えげつないものは入っていない。野菜、スープ、パン、豆、チーズ、魚のスモークしたらしきスライス。
 丸一日空だった腹には、よく見るメニューなことがありがたい。
 しかし、誰かと食事をしたことなどほとんどないために、どうにも落ち着かない。どうしても視界の端で王の動きをとらえてしまう。
 王は小食だった。スープに豆、チーズを少しばかり口にすると満足したのか、給仕に皿を下げさせた。
「なんだ、シロも小食か。とはいってもお前は人だ、遠慮しているなら気にする必要などない。食べるといい」
「いえ、そういうわけでは」
 そもそも食べる方ではないうえ、他者が同じ部屋で食事をすることが落ち着かない。自然と手が止まる。
「まあ、よいか」
 王はすっと立ち上がると、来いと言って歩き出した。
 このまま大広間にいるわけにもいくまい。立ち上がり、数歩遅れて後を追う。
 いくつか角をすぎ、階段を上がり、どこにも出口を見つけられないまま、王が部屋に入った。
 書棚に机、ソファ、見た感じこの部屋は、
「どうした。私の書斎だが」
 ソファに腰かけ、お前も座れと促される。
 通路に突っ立っていても寒いだけなので、書斎に入る。
「一体どういうつもりで」
「随分もの言いたげな顔をしていると思ってな。今日は問いにいくらでも答えてやろう。どうせ私は暇を持て余しているのでな」
 疑問など、ありすぎてどこから聞けばいいのかわからない。
 逡巡していると、ソファを指して座れと再び促された。
「僕の荷と、馬はどこに……」
「荷なら部屋にあるぞ。馬には逃げられた。そちらにくくってあった荷は知らぬ」
 逃げだす足は失ったようだ。
「じゃあどうやって僕をここまで連れてきたんだ」
「鎧の大男が居たろう、奴が担いできた。……なんだ、さっそく逃げ出す算段か? そういうのは時間をかけ、情報を集め、慎重に行うものだぞ」
 下界に帰す気はないと言ったろう、と王が言った。
「下界に帰っても行く当てもないのだろうに。そもそもシロ、お前はこの城から出られないようになっている。そうした努力は無駄だ」
 見透かされている。一人で城の構造を把握していくしかないらしい。聞いた自分が馬鹿だった。
「それなら、あなたは」
「私のことは王と呼べ」
「……王は、男性ですか。それとも女性ですか」
 男とも女ともつかない声と顔。体つきは男にしては華奢で優美だが、女にしては背が高く胸もない。服もごちゃまぜにして縫い合わせたようで、まるでわからない。
「性別か。私は男でも女でもないぞ。男でも女でもある必要がない故な」
 それでそんな半端な格好をしているわけだ。
 目の前で突然姿をあらわしたり、人とは思えない容姿をされているせいか妙に納得した。
 そうだ。
「王は、ずっと生きてるっていいましたよね」
「ああ」
「王はずっと、王として、並び立つものもいないところに、独りだったのですか」
 そうだな、と王は頷いた。
「独りでずっと生きていて、寂しくはないのですか」
「……ふむ」
 寂しいか、と王が口の中で繰り返す。
 独りは寂しい。近しい人がいても独りだった。
 誰も並び立つものがいないところに最初から立っていたら、独りは寂しくないのだろうか。
「寂しくないといえば、嘘になるだろう」
 王は目を伏せた。
「長いときを日々過ごすだけというのは苦痛だ。刺激がない。感動がない。私の臣民や友が時折訪ねてくるが、彼らの命もまた長大ゆえに頻繁に会うこともない。彼らも時が経てば死んでゆく。私だけが取り残される。うつろな毎日は寂しく、味気ない」
 王はそう言うと、シロを見た。
「だからシロを拾ってきた」
 違う、そういうことじゃない。
 王も表情から感じ取ったらしい。
「と、いうことを聞きたいわけではないようだな」
「独りでいることは苦痛ではないのですか」
 王は少し首を傾げ考えて口を開いた。
「確かに私は独りだが、孤独ではない」
 臣民がいる。友がいる。会いに来れずとも手紙を送ってくれる。
 孤独ではない。
「…………。孤独だから、僕を城から出さないと言い出したのかと思いました」
「一人より二人のほうが楽しい、そうは思わないか? 一人ではチェスもできない。食事も一人より、二人のほうがおいしい」
「そうですか」
「なんだ、シロは楽しくないのか。私はシロが何を好んで食べるかとうきうきしていたのだが……」
 そこで王がしょげる。どうやら僕が予想外に小食だったらしい。
 口をとがらせて拗ねていたかと思うと、王はぱっと顔を上げて口を開いた。
「シロ、お前年はいくつだ」
「25ですが」
「ほう、25なのか。そう背丈も体格も変わらないから18かそこらかと思っていたが」
 ならばあと50年はともにいられるな、と王は勝手なことを言う。
 肩が落ちた。溜息はでなかった。

「なあシロ」
「なんです」
 王はソファに寝そべり、シロは書棚の前に陣取って会話の合間に頁を繰る。
 もともと人といることが得意でないので、目は本に固定されている。
「お前、なんであの道にいたんだ?」
 手が止まった。
「あの道を山手に向かうとろくにものも取れない寒村がいくつか。だがシロは寒村育ちではないだろう。彼らは馬も飼ってはいないはずだ。町から来て、寒村に用でもあったのか? なら道端で野宿などしないだろう」
「……迷い込んで日が暮れたんですよ。霧も出ましたし」
「迷い込んだ? どこに行くつもりだったんだ」
「どこかはっきり目的地があったわけじゃありませんけど。あちこち見て回ろうかと」
「嘘を言うな」
 視界の端で、王が体を起こした。
「追い出されたか、逃げ出したか……。あちこちなどというが、今は教会の権威が強い。その姿では都市には行けまい。小さな村は閉鎖性が強くて受け入れられぬ。さすらい続けるつもりだったのか」
「…………」
「シロ、わかっているだろう?」
「……聞きたくない」
「…………わかっているなら、何も言うまい」
◇◆◆◆◇

 そのあとは耳をふさぎ会話を拒絶し、夕食も拒絶し、どこをどう通ってか目覚めた部屋に一人逃げ込んだ。
 わかっている。
 この容姿がある限り、どこに行こうが僕が平穏に暮らせないことくらい。
 ベッドに体を投げ出した。
 今までどうすればいいかを考えて考えて考え続けて、どうにもならなかった。
 もう何も考えたくない。
 …………。



 幼いころは、一人でいるのが当たり前だった。
 己の世界は屋敷の中、外はせいぜい庭と前庭の閉じた世界。
 年の近しい子どもは居らず、本を読み、蝶を追いかけ、屋敷の中を駆け回る。
 父とも母とも、家人とも同じ空間にいることはほとんどなかった。食事を一人でとることも当たり前の日常だった。
 剣を教わるとき、勉強するときだけは教育役が側にいたが、それも限られた時間だけ。
 皆で集まるのは、週に1度、町の教会から司祭が来るときだけ。
 隔離されているということに気が付くきっかけもなく、8歳の時に妹ができた。

『にいさまー』
『アンナ? どうしたの』
 廊下で出会うと、とたとたと覚束ない足取りで寄ってくる。
 手をつなぐと、幼い顔が嬉しそうに笑む。
『にいさま、おべんきょう?』
『この本? そうだよ。海のお勉強をするんだ』
『にいさま、うみってなあに?』
『海は、とってもとっても大きな水たまりだよ』
 自室のドアを開き、妹を招き入れる。
 図書室から持ってきた本を勉強机に置き、並んで座る。
『そういえばにいさまは、おとうさまやおかあさまとごはんをたべないの、どうして?』
『…………?』
 父や母と食事ととらないのは今まで当然で、妹が何を言っているのかわからなかった。
 妹の話を聞くうちに、妹は父母が側にいるのが当然の状態でいるらしいと知った。
 話しかければ父母がこたえ、何かあれば家人が手を貸す。
 妹が部屋を出た後も、その場に座っっていた。
 何から何まで疑問があり、その答えを自分は持っていない。
 今度父に会ったときに尋ねてみよう。
 すぐにとは思わないことに、その時は何の疑問も感じなかった。



「……どうして、今このことを」
 幼いころの、夢。
 ゆっくりと寝返りをうった。頭も体も重いのに、眠れる気がしない。
 まだ真夜中か未明か、手元も見えない暗闇。視界に入るのは自分の白い髪。
 忌々しい白い髪。手を顔の前にかざせば、常人離れした白い肌。
 ぼんやりと暗闇を見たまま、答えのない問いがぐるぐると頭をめぐる。
 どうして自分はこの色で生まれてきたのか。
 どうしてこの色は人々から嫌われたのか。
 どうして祈っても神は沈黙するだけなのか。
 無意識に胸元をまさぐった。飾り気のない、銀の十字架。私物らしい唯一の私物。
 握りこんだままどうすることもできず、祈る気も起きず、ただ溜息をついた。
 そういえば、この城で目を覚ましてからは色々なことがありすぎて、日夜欠かさなかった祈りのことを忘れていた。
 祈り、縋っても何もなかったではないか。
 ゆっくりとベッドから降り、手探りで家具を探す。ソファがあった。
 十字架を首からとり、ソファに投げ落とす。
 ドアに隙間があるのか、わずかに明るいところがある。
 そろそろと注意して部屋を横切り、ドアを開ける。
 ところどころに明かりがついているから、室内よりは明るい。
 ドアを細く開けたまま部屋に戻り、靴を履く。城内を歩けば少しは気がまぎれるだろう。
 
 夜中ということもあるだろう。広すぎる城内に生き物の気配はない。
 うろうろとするうちに、食堂となっていた大広間の扉の前に来た。ああ、ということは
「ちょうど反対の位置に書斎があるのか」
 そのまま食堂がある階を歩く。
 書斎の窓からの景色は2階かそれ以上だった。エントランスがあるとすればこの階だろう。
 広い廊下を選んで歩く。随分と長い。
 歩いても歩いても。
 角を幾つ過ぎても。
 まるで進んでいないかのように。
「その通り。シロ、お前はここで停滞している」
「!」
「こんなところで何をしている」
 振り向くと、寝間着姿の王が腕を組んで仁王立ちしていた。
「脱走のための下調べか。熱心なことだ」
 だが、と王は言い、腕をつかんだ。
「それは認めぬ」
「嫌です」
「ならなぜ逃げようとする。理由は何だ。何が不満だ?」
「逃げる、理由……」
「それが答えられぬなら、我が城から出すわけにはいかないな」
 答えても出す気はないが、と王はにんまりと笑う。
 部屋に戻るぞ。そういってシロは手をひかれた。


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入れ替え子々

――いい天気。
 朝の土砂降りが嘘だったかのような晴れ渡った夕焼け空を見上げると、自然と笑みがこみあげてくる。
 まだ道路は濡れているし、あちこちに水たまりもあるけれど、もう「晴れ」なのだ。

 ぱしゃっ

 かくりと一歩低くなった感覚に、濡れた水音。
「あ、あー……」
 水溜りだ。それも大きな。
 雨が降ると必ずここには水たまりができる。
 毎年のようにおじさんたちが直しているが、1ヶ月もしないうちにまた水溜りができてしまう。
 それだったら別に、直さなくてもいいのにと思う。
 水溜り遊びするときにはいつもここに来ていたというのもある。

 それにしても、今日は空がきれいに映っている。まるで鏡だ。
 ゆっくりと波紋を広げる水溜りをじっとのぞき込んだ。
 波紋が空をぐにゃぐにゃと歪める。
 ぐら、と景色が揺れた。
「う、わ…………」
 めまい。
 それは一瞬で収まったが、頭がくらくらする。
 揺れる景色を見続けて酔ったようだ。
 何時の間にかかなり日が落ちて、街灯がぽつぽつと点き始めている。
 水溜りを覗き込んでいるうちに、結構な時間が過ぎていたようだ。
 もう遅いし、帰ろう。そう思った。



 人気がなく静かすぎる帰り道に珍しさを感じながら、家の玄関を開けた。
「ただいまー!」
 だが、応えはない。
 しん、と静まり返った家の中に、自分の声だけが反響して戻ってくる。
 おかしい、電気はついているし、鍵も開いているのに。
 不審に思い、靴を脱ぐとすぐに台所へ向かう。
「おかあさーん?」
 居間と台所は蛍光灯がついてるだけで、ぽっかりとそこにあった。
 ずっと誰もいなかったかのように、何の気配もない。
 気味の悪さを感じながら、その足で風呂場へ向かう。
 がらりと音を立てて中を覗いても、暗い浴室には、湯の熱気も人の気配もない。
 すぐに身をひるがえし、そばのトイレも確認するが、誰もいない。
「おかあさーん!? おじいちゃーん!?」
 祖父がもっぱらそこにいる和室に駆け込む。
 いつもの柔和でのんびりした声はない。
 じわじわと不安が押し寄せてくる。
 それを振り切るかのように足音を立てて2階へ向かう。
 おそらく兄はまだ帰ってきていない。だが妹はいるはずだ。
「みなー!?」
 少し重いドアを体当たりするように押し開ける。
「…………」
 蛍光灯と、デスクスタンドが付いているだけの、ぽっかりと無人の部屋。
 
 さっと血の気が引いた。
 後ずさりして向かいの兄の部屋も確認するが、やはり無人。
「だ……だれか……」
 親の寝室も、暗く無人。
 茫然と立ちすくんだ。
 誰も、いない。

 しばらくそうやっていたが、やがて転がり落ちるように階段を下りた。
「だれか……」
 昔、こんなホラー映画を見たことがある。誰もいなくなっている映画だ。
 隣の家は、そうでなければ交番――
 ランドセルを背負ったままだったが、スニーカーに足を押し込んで玄関を飛び出した。



「ねえ」



 突然の声に、びくりとその場に立ち止まる。
 今まで、誰もいなかったのに。

 そろそろと声のした方を見ると、逆光を背負った女の子が立っていた。
 身長は、同じくらい。スカートが風になびいている。
「どうやってここに入ってきたの?」
「…………え?」
「入ってきたからには入ってくる方法があるんでしょ?」
 女の子が首を傾げた。
「わたしね、ずっと一人ぼっちだったの。だから外に行きたいなーって」
 だって"あっち"にはたくさんの人がいるじゃない。
 そういってからころと笑う。
「そ、それなら、出て行けば……」
「出かたがわからないの。それに、ただ出て行っても一人ぼっちじゃ、こっちと変わらないでしょ?」
「そ、そうだけど」

 だからね、と女の子が近づいてくる。
 何か得体が知れなくて、後ずさる。



「それ、ちょうだい」
 何に言われたかわからないが、ぞっと背筋が冷えた。

 突き飛ばされ、視界が反転する。



「なーにやってんの、あんたは」
 おかあさんの声。
 はっとして振り返ると、居間の窓から母親が見ていた。
 よかった、あれは夢だったんだ。
 ほっとして立ち上がろうとした。
 その時、母親の目がふっと別のものを追った。
「ほーら、早くしないとごはん食べるわよー」
「はーい」
 がらりと音を立てて玄関が開く。

 ――ま、

 待って、と言おうとした。
 そのランドセルはわたしのものだ。
 くるりと、それが振り返り、スカートが翻る。
 玄関灯の影になって、顔が暗く陰っている。
 その口元が、歪に笑った。

「ありがとう」
「ばいばい、ひとりぼっちさん」

 女の子が笑った――ような気がした。
 あと少しのところで――玄関が閉められた。



『ばいばい、ひとりぼっちさん』
 その声が、立ちすくむわたしの頭に延々響き渡っていた。



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